猿岩石とヒッチハイクの足跡を訪ねる旅〜バンコク・プーケット編【第1日目】2002年3月7日(木)

●成田〜プーケットへ


タイ国際航空のチェックインカウンターに行くと、さるともさんの姿に混じって有吉さんがひとり並んでいた。それもエコノミーのカウンターに。
有吉さんのまわりには昨今の日本の情勢を反映した、日本人のお父さんとタイ人のお母さんその子供たちというご一家が何組か並んでいた。飴をなめてる小さい子供に有吉さんは笑顔で「おいしい?」と聞いたりしてるようだった。
気づくと、森脇さんとTさんもやって来て、隣のビジネスクラスのカウンターでチェックインを始めた。え!何故(?_?)社長だから?なんでなんで有吉さんだけこっちなの?
でも心配なかった。飛行機に乗り込む時は、ぞろぞろ並んでなかなか機内に入り込めない私たちを尻目にビジネスクラスにすみやかに消えていかれたのでした。
それにしても、ビジネスクラスのカウンターは空いていたのに、何故わざわざタイのご一家に囲まれながらチェックインを?

チェックインが済むと、空港ロビーの大型液晶画面の前に再集合。
団結式はどこで?と思ったらそのままそこだった。画面前の休憩用の椅子から少し離れた空間でまるくなったが、そこはトイレの入口前だった。
もちろんマイクなどなく、肉声でのご挨拶。
有吉さん「恥ずかしいのでさっさとしましょう」・・・そうしましょう。
森脇さん「じゃあ、向うで」・・・・一緒の飛行機に乗るんじゃないんですかぁ〜


機内は、いままで乗った飛行機で一番の座席の狭さだった。
食事をする時は椅子を直角にしたままでないとテーブルが出せません。
それでも、タイカレーの機内食やワインを楽しんだり、後半は足りない睡眠を取り戻したりして、
快適までとは行かないまでもなんとか乗り切りました。
ちなみにアジアへの飛行時間も、中国・台湾・香港などの中国大陸だと3〜4時間で疲れ知らずですが、
タイ・シンガポール・マレーシア・インドネシアなどマレー半島になると6〜7時間でちょっと長いです。さらにインドとなると12時間でキツイです。

プーケットの空港に到着。(バンコクまで行く人は、まだ先)
空港は、特にタイ情緒溢れるといった感じはなく、こじんまりと簡素なカンジでした。
そして入国審査。相変らず、のんびりとしていていっこうに進まない長い列。イライラする日本人。
私は、はじめてタイを訪れた時の入国審査官に、菓子パン食べながら、しかも鼻クソほじった手でパスポート触られるという洗礼を受けていたので、
覚悟はできていたものの、さすがにこの先で猿岩石が待っていると思うと非常に気が急きました。
ほぼ最後になんとか通過。無事荷物も出て来てバスに誘導されました。外はさすがに暑いぞ!
バスには「ベンツ」のマークが。走ってる車にもときどき見かける「ベンツ」のマーク。
「またベンツですよ!」と驚くとーこちゃんに「“ベンツ”のエンブレムはきっと市場で売ってるんだよ」と私。
プーケットでのガイドさんはニックネームが『ヌ』さん。微笑みの国タイの人はみな笑顔が素敵ですが、笑顔というよりニヤケ顔の『ヌ』さんです。
バスの中で、『ヌ』さんより、ひととおりのプーケットのご案内と旅の諸注意。バスの中ではふたりは最前列に座ったままで、とくにマイクを持つ事はありませんでした。
島なので海岸沿のビーチが多いのかと思っていましたが、バスの車窓からみる景色は、街(といっても、数件のお店や家が点在する程度)を抜けると田園風景で、その中に象が2頭放牧?されていたり、
ゆるやかな山道を登ったり、ビーチリゾートのイメージとはちょっと違っていました。山の中の道沿いで時々見掛ける民家は、高床式みたいな感じで2階がにあたる高さに入口や窓があり、自然の風を取り入れて生活しているようでした。
出発前の案内では「ホテルのまわりには食事を取れるような店がありません」と言う事でしたが、お土産屋さんやレストラン(屋台のように、壁がなく店の前面がオープンになっている)が数件立ち並んでちょっと楽しそうな通りを曲がったところにホテルがありました。

夜のディナーパーティーまであと1時間弱。スーツケースをボーイさんに頼むといつ部屋に届くか分からないので、カートに乗せてあった荷物を強引に奪い、自ら荷物を引っ張って部屋に駆け込み、シャワー&着替えタイム。
シャワーを浴びてもおお慌てで焦っているので後から後から噴き出す汗。結局汗だくになって一番最後に会場(ホテル1Fのレストラン)に着席。


●ホテル到着後ウェルカムパーティー

まずは各自、ボーイさんに飲み物をオーダー。私たちは『プーケット・ラブ』という謎のカクテルをオーダー。
飲み物がテーブルに届く前に、猿岩石の二人がステージに立ち、開始のご挨拶。
レストランの外のテラスにフードコーナー。さらにその先のプールサイドにもフードコーナーが。
挨拶を終え、一番乗りで外のフードコーナーへ食べ物を取りに行く有吉さん。
テラスに一番近いテーブルの私たちも外へ。外は主にお肉ゾーンとエビや魚介などのメインディッシュゾーン。
有吉さんの言う通り、さらに先のプールサイドのフードコーナーにも取りに行っていいのかなぁ、でもそれにしては歩く距離長すぎだぞ。
案の定、あちらはプールで営業しているレストランのフードコーナーでした。またまた有吉さんのでまかせセリフに翻弄されるさるともたちでした(笑)
気づくと森脇さんもさるともの列に混ざって食べ物を選んでいました。
だいたいが、有吉さんはサッサと早めの単独行動、森脇さんはみんなに馴染んで落着いて行動しているイメージです。
お皿がいっぱいになったので自分の席に。テーブルにはまるごとパイナップルの身を繰り抜いて器にし、中に赤い色のカクテルが入った『プーケット・ラブ』が届いていました。
レストランの中にもフードコーナーがあり、こちらはサラダゾーンとデザートゾーンでした。
食事は、タイフードではなく、イタリアン風のお料理でした。しばしお食事タイムを楽しんだ後、どうやら二人がテーブルまわりをして下さる様子。ドキドキ。
二人それぞれべつべつのテーブルからまわり始めました。どっちにしても私たちのテーブルの順番は最後の方になりそうです。
盛り上がる他のテーブルをよそにお食事続行。

中盤くらいに森脇さんがやって来ました!
内Pのタンバリンは面白かったね〜というお話から始まって、
テレビに映ったお店は本物?
「あれは、うち。照明上げてるから明るく見えるけど。今度、場所が変わって半分くらいの広さになる。
壁も黒っぽい感じ。(前の場所で)なにかイベントやっておけばよかったね」
タイの印象、行きたいところは?
「3回目だからね〜。(ヒッチハイクで走った道も)だいたいあんな(空港からホテルへの道)感じだった。
レイさん(名前忘れてました。さるとも教わる)に似顔絵を持って行った時はもっと田舎だった。今回、とん清も行くの?(みんな:車窓から見ます)
ムエタイね、ああいうところは賭けをやっていて恐いから行かない」
スノボに凝ってるお話
「ジャンプはやってみたいと思うけどけど、やったら絶対ケガする(強調)から、やらない。一緒に行ってる人が、スノボやスキーの先生で大型免許も持ってるから、みんなでツアーで行きたいね」
・・・・だいたいこのような内容です。
私は、ただただ森脇さんの横顔を「やっぱタレントさんは違うなぁ〜」と(今更ながら)ぼ〜っと眺めておりました。なんかスルッとしていてコギレイなんですよね〜。(表現が変?)

で、少ししまして有吉さんのご登場。
まず第一声に私の前に置かれたまるごとパイナップルを指差し「何、飲んでるんですか?あ〜それ、なんとかラブでしょ、プーケットラブ!」、
それに対して「そう、ラ・ブ(ハートマーク付)」と答える自分の言い方は、我ながら気味悪かったです(=_=)
以降、黙ってお話を聞いてました。
うちのテーブルでは、おもに今年のお正月の帰省話を。
「最初はお金のない後輩に、お金出してやるから(広島に)来いよ、という話になったんだけど、それを聞いた山崎さんも一緒に来る事になって、ふたりでレンタカーを借りて広島にやって来た。実家にいたら朝の5時頃、“今、熊野に入ったけど、どう行けばいい?”と電話が来て、実家に上がったけど、ドロボー(?)のお父さんとは会話もなくお互い緊張して座っていた。すぐに3人で車で大分に行った。帰りは広島まで車で戻り、市内でお好み焼きを食べて別れて2人はそのまま東京に帰っていった。で実家にいたらKENJINから電話があって“こっちにいるなら出てきなよ”と言われてデンジャラスさんのミキサーで遊ぼうに出演した」というようなお話です。レンタカーで東京〜大分往復ってかなりお金かかってないですか?山崎さん。


そのあと有吉さんはラストのテーブルに移られ、間もなくして今夜のパーティーはお開きに。お二人、壇上に上がり〆のごあいさつ。
森脇さんの「今日はゆっくり休んで充電して下さい」有吉さんの「まだ先は長いので・・・」に、パーティーはお開きだけど、“旅はまだまだこれから始まるんだ〜”という贅沢な満腹感。考えてみれば、初日、まだ何にもしてないうちからテーブルトークって初めて?

時刻は現地時間で10時前(日本時間では12時)。パーティー会場を後にして、部屋に帰る前にホテル内の売店に置いてあるお土産品をチェック。森脇さんやTさんらも少しの間、売店をチェックしてらした。
その後、ホテルのプールサイドからプライベートビーチに降りてみる。
海はもちろん真っ暗で、波の打ち寄せる音が“どどど〜〜〜ん”“どどど〜〜〜〜ん”と鳴っていて、昼間のビーチリゾートの穏やかなイメージと違ってちょっと恐かった。
プールサイドバーはまだまだ営業中。遠くの方に、森脇さんやTさん達が席を取るのが見えた。・・・と、すぐそこのビーチの暗がりから、有吉さんがのっそり登場。
暗い中、たったひとりで歩きながら穿いているサンダルを、片方ずつポーンポーンと足を蹴り上げながら脱ぎ捨て、サンダルの落ちたところまで裸足で歩いていく、という奇行をやってた。???
「森脇さん達、あっちで飲んでますよ」と声をかけると「Tさんもみんないた?じゃあ、行ってみようかな」とおっしゃったので「おやすみなさい」とご挨拶して部屋に戻りました。

私は日本出発前に50分間しか睡眠時間が取れなかったので、今日のところはおとなしく休んで、明日から(寝ずの覚悟で)この旅行を思う存分満喫するぞ〜っと心に誓ったのでした。

 


猿岩石とヒッチハイクの足跡を訪ねる旅〜バンコク・プーケット編【第2日目】2002年3月8日(金)



●プーケット観光〜プロンテップ岬


タイ2日目の朝です!
目が覚めた時には自分がどこにいるのかわからないほど、久しぶりにゆっくり眠りました〜。
身支度を整え、朝食を取る為に1Fロビーのカフェレストランへ。
ロビー席からバイキングコーナーを挟んでそのまま外のテラス席に繋がっています。
自然の光や風が気持ちいいので、虫や鳥もたくさんいますが外に席を取りお食事タイム。
お食事をしていると、最初に有吉さんご登場。まもなく森脇さんもご登場。
Tさんが用意した室内の席で、みなさんで朝食をとってらっしゃいました。

今日は8時45分にホテルを出発!1日プーケット観光です。
全員昨日と同じ1台のバスに乗り込んで点呼が終わると、猿岩石の二人も同じバスに乗り込んできました。
そして半日ぶりに会う、にやけガイドの『ヌ』さん。それから、やっぱりいたいた。頼んでもいないのに写真撮りまくって法外な値段で商売している写真屋さん。
有吉さん「さるとものカメラマンです」って、信じちゃう人もいるんだからおよしなさいってば(笑)。
まず『ヌ』さん、マイクを持って「おっはー!(微妙に違う振り付き)」と元気に朝のご挨拶。こういうの、ほぼ毎日日替わりでやって来る日本人観光客から教わるんだろうな。
さるとももみんな「おっはー!」と元気にお返事。
ところが、有吉さんがマイクを持つと、「おっまー!」と怪しい響きのごあいさつ。
もちろん、さるともはためらうことなく元気に「おっまー!」とお返事。もちろんこの空気は「有吉さん+さるとも」だけの空気ですからね。
だけどきっと『ヌ』さん、そうとは知らずに明日以降迎える日本人に「おっまー!」って挨拶しちゃうよ。それでバスの中には冷た〜い空気が流れるんだわぁ〜。お気の毒!

※バストークはMLにて詳細が流れてますので割愛させて頂きますm(__)m
森脇さんの、プーケットの最南端なのにノサップ岬だったり、
〜ぼくが象を追いかけ始めて12年、何度か死にそうになった事があります〜のお話。
そして有吉さんのとん清でバイトしていた時の、これまたどこまで信用していいのかわからないアブナイお話。マッサージでスネ毛が巻き込まれたお話。などなどおもしろかったです。

最初に向かった観光スポットは、プーケット最南端の「プロンテップ岬」。夕日の名所だそうで・・・まだ午前中なんだけど。
でも、晴れ渡っていて空も海もとってもきれいな青色に光っています。有吉さんの言う通り、日焼けと水分補給には気を付けないと・・・などとちょっぴり緊張しながらバスの外へ。
高台になっていて海を見下ろせるポイントで記念撮影。
早くも全員がひとりずつ猿岩石とスリーショットを撮れる事に!順番に自分のカメラを友達に預けて、シャッターを切ってもらう。と、横から疾風のように現れて盗み撮りをしていく勝手に同行の現地写真屋。あんまりたくさん写ると後から何枚も売りつけられるハメになるので、なるべく撮られたくはない。(気に入らなかったら買わなくても良い、と言われてもねぇ。その場に自分の写真を残していくのもなんか不安だし)
でも、猿岩石と一緒に写ってるんなら喜んで買うわ。
が、全員が3ショットを撮り終わって、今度は自分達での記念写真を撮り始めると、
どこにいても、どこでカメラを構えても、15メートルくらい先からでも飛んで来てシャッターを切るカメラマン。あなどれない・・・
でもカメラマンもちょっといつもと勝手が違うと感じているはず。だってみんな、カメラマンと同じような大きな一眼レフカメラ持参で、自分達の記念撮影や景色を撮るわけではなく、やたら同じ二人に向かって一斉にシャッター切りまくりの奇妙な団体(笑)。


有吉さんは、昨日からずっと手に持っている、中のコマが回転する球をここでもずっと持っていました。ちょっとお借りしてやらせてもらいました。透明のプラスチック(?)製の球の中に黒い球が入っていて、これを握って腕を下におろした状態で手首を回すと、中の黒い球が遠心力でコマのようにぐるぐる回り始めます。かなり強い力でまわり始め、今度は逆に手首がその力に引っ張られてまわる感覚でした。握力と、腕(肘から手首の間)に力がつくそうです。ちなみに今、私の職場で大流行の「アブドロニック」はどうか?と訊ねたら「あれは信用していない。今、U-turnの土田さんがやってるので、それ見て効果があったら考える」とのことでした。



●猿岩石と一緒に象に乗る



バスに戻り、いよいよ象さんとのご対面場所に向かいます。「旅のしおり」によると、「猿岩石が象に乗っての記念撮影会」となっていたので、私のイメージでは広場のようなところで“象に乗ってポーズをとる二人の姿”を撮影するのかと思っていました。
バスが着いたところは、ひらけたところではなく、バリツアーに参加された方は、(本物の)猿と記念写真を撮ったところを思い出していただくと、ちょっとイメージが近いかと思います。バスから降りて少し行くと「象舎」みたいなところに2匹の子象が繋がれていてお出迎えをしてくれました。有吉さんがその子象を撫でたので、みんなもちょっと触ってみました。皮膚は硬かったけど、体の表面にちょぼちょぼと生えている茶色い毛はまだ子供のせいか、そんなに硬くなかったです。
象乗り場は、平地ではなく谷でした。浅い川が流れていて、その中に背中に椅子を背負って首の上に象遣いを乗せた何頭もの象がいました。谷になっているので象乗り場と象の背中の椅子は同じ高さになっています。平地だと、象乗り場が木で作られたお立ち台(背の高い朝礼台のような感じ)になっているので、そこに登って待っているのがけっこう恐いといいます(うちの父親:談)
象乗り場につくと、背中の椅子に吉田君を真ん中に挟んで座った猿岩石、合計3人を乗せたまま、よく把握できないうちに、象が歩き出しました。あれ?どこ行っちゃうの・・・象遣いの人もよく分かってない様子。通常は乗り場からお客さんを乗せてコースを歩いて、違う降り場に到着するんでしょうが、さるとも象隊は乗り場を離れて川に出てすぐ乗り場にゴールという小さい円を描く動きになったようです。そして何と!全員が猿岩石と一緒にこの象体験ができるというではありませんか!!象に乗るだけじゃなくて、少しの距離とはいえ川の中を歩けて、しかもそれが有さん・森さんに挟まれて!ですよ。夢のよう!!
名簿の順番にひとりずつ、象の背中に迎えられました。ときどき、通常のコースを歩いている象の行列をやり過ごしたりする事もあるので、1回あたりの所用時間がけっこうかかります。でも、現地ガイドさん・稲木さん・象遣いさん・ぞうさん・そしてもちろん猿岩石の二人・みなさん根気よくこの動作を繰り返して下さって、全員平等に素敵な時間をプレゼントしてくれました。

いよいよ、私の番が回ってきました!奥に座っている有吉さんに「狭くなってスミマセン」と自分の体の太さを詫びながら座ると、まだ椅子に手をついている状態で森脇さんが座ってきました。私の手の甲の上に、森脇さんのお尻がっ!森脇さん、大変失礼しました。
そして象がのっそりと歩き出しました。まずはカメラマンをお願いしたさるともさんに、貴重な象の背中での3ショットを撮ってもらいました。
そして象は背中を傾けながら水の中におりました。
私のように長く生きていると象の背中に乗るという経験も、1度や2度はあります(笑)。実は初めてタイを訪れた時、どうしてもバンコクで象に乗りたかったのですが、他にもアユタヤ遺跡・古都チェンマイなど訪れたいところがたくさんあって、スケジュールの都合で諦めたのです。でも、象に乗る夢は捨て切れず、翌年インドを訪れた時に、その夢を叶えました。インドでは山の上にあるアンベール城という城跡まで象に乗って登りました。
インドで象に乗ったことがあるということを話すと、有吉さんが「ぞうずきですね」というので「はい、意外と。」と答えました。
すると「僕は、さっきからずっと観察していて、人間には二通りあると思うんです。象の背を踏みにじるタイプと踏みにじらないタイプ。・・・・・(あなたは)思いっきり踏みにじっていましたね。」ガ・ガーン(*o*;
まあ、あの、ここで言い訳させてもらうとですね(汗)、自分自身の体重が重い事は、象には大変申し訳なく思ってます、はい。・・・かといってここで急に減量できるわけもなく。
唯一救いは、履いているサンダルのかかとはスポンジ製でまったく凹凸のないフラットで柔らかく軽いもの。これは象の背中には大変優しい履物ではないかと・・・・よってあまりためらいなく、象の背中に足を伸ばせたわけでして。
そんな会話の横で、森脇さんは向うからやってくる象に乗った外人のおじさんを見て「絵になってるね、(象の)研究してる人って感じだ」、私たちの前の象のお尻を見て「あ、歩きながらウンコしてる・・・・」と淡々とおっしゃいました。
そしてもとの乗り場に到着。“あ〜終わっちゃった、でも楽しかった!”と大満足で象から降りると、「やっぱり踏みにじってる〜」と言って象の上で有吉さんが悪魔のように笑っているのでした。

川の反対側では、別の日本人ツアー客もいて、「猿岩石だ!」と反応してました。
象の背中の上からすれ違い様に、彼らの写真を撮っている若い男性もいました。
1時間かかって全員が象に乗りおわると、なんと猿岩石二人だけが象に乗って一周というサービスまでしてくれました。でも残念な事にフィルムが終わってしまい、貴重な象に乗る猿岩石のツーショットを撮り逃してしまいました(泣)
それにしても、ほんとうに長い時間、ありがとうございました。象遣いは象の首のあたりにまたがり、足で象の耳の付け根を押しながら舵取りをしているようなんですが、いつものコースではなく、無理やり違うコースを回らされた象さん、ごめんなさい。ありがとう。

バスに戻る時に、今まで同乗していた写真屋さんがバイクに二人乗りでまたがって去っていくのが見えました。写真屋は、さるともは手強いと思ったのかいつのまにか仲間を呼んで2人に分裂していました。きっとバイクで速効現像に向かい、食事が終わる頃に出来上がった写真を売りつける算段です。他はのんびりしていても、お金儲けがかかわるととっても素早いのがアジア流。


●カシューナッツ工場見学

次は、カシューナッツ工場見学です。
ふつうにカシューナッツのお土産やさんでしたが、店の奥で実際にカシューナッツを機械で割っていました。その様子は私の中では昔の足踏みミシンを踏んでいるイメージです。
そこで初めて見た、カシューナッツの実(原形)は、ピーマンのような実(房?)から硬い実が顔を出していて“お尻から何かを絞り出している”カンジで、意外でした。
有吉さんは少しの間、作業の様子を近づいて見学していましたが、すぐにいなくなってしまいました(たぶんバスに逃避)。森脇さんはここでもさるともの中に馴染んでいました。
売り場には、10種類近くの様々なフレーバーのカシューナッツが売っていて、そのすべてが試食できるようになっていました。ガーリックあり、ホットなチリ味あり、甘いココナッツやチョコレート味あり・・・。会社へのお土産はここで決めようかと、ひとつ手を伸ばしてみると、背後から森脇さんの声が・・・。
「これはガーリックが一番旨いよ」。
気軽に会話していいのか戸惑い、へんに遠慮して、それには応えずに苦し紛れに試食を続けていました。結局、並んでいたすべてのフレーバーを試食。
手持ちぶさたで店内を巡回していると、もう一ヶ所売り場を発見。違う味があるのかと思ってまたまた試食。するとまた背後で森脇さんの声が。
「これはガーリックが一番旨いよ」。
またまた遠慮して反応しなかったら、近くにいた若い女の子達に向かってカシューナッツ味レクチャーが始まりました。
・・・・しかし、この森脇さんのオススメを無視して全種類試食していた行為が後で私にとっての悲劇を招く事に・・・・
ちなみに買ったのは、森脇オススメ・ガーリック味、オーソドックスな塩味、ちょっと冒険・チョコレート味の3種類です。


●バイキング形式のタイ料理で昼食


次はお待ちかねお昼ご飯!タイ風ラーメンがオススメのバイキングです。
まだプーケットへ来て本格的なタイ料理を食べていなかったので、小期待!
まずは猿岩石の二人からお食事開始のご発声。
有吉さんの「やっちゃってください」に、よしやったるでぃ!と闘志マンマンの私。
ちなみに、昨日の夕飯・今日の朝食・昼食と3度のバイキングスタイルを見た限りですが・・・有吉さんは、まずお皿を持たずに素早くフードコーナーを一巡して、迷う事なく素早い決断力で狙いを定め、さっさと皿に取り、着席して食べ始めます。ここまでの時間は、(私とは違って、あまり“食”に対して欲のない人が)“さあ、それではそろそろ食べ物でも取りに行きましょうか”と腰を上げるまでの時間に相当します。
ここではタイ風ラーメンの他、私の中での定番、トムヤンクン・ゲンキョワン(グリーンココナッツカレー)・春雨サラダ・ソムタム(パパイヤサラダ)・ココナッツアイスクリームなどタイ料理を堪能しました。

ゆっくり食事もでき、そろそろ出発という頃に別棟のトイレに寄ると、裏手にツアーバスとは別の迎えの車が到着してるのが見えました。そこへ、お帰りになる森脇さんたちが・・・。有吉さんの姿はなかったので、トイレにでも行ってると思っていました。
午後からは、さるともだけで土産物屋を2件巡る事になっていたので、そのつもりで悠然とバスに向かうと、何故かそこには有吉さんの姿が!なんとバスに残って一緒にお買物ツアーに同行してくれるとの事!わ〜い\(^o^)/
お土産物屋では、有吉さんは水着を探しているようでした。なぜ有吉さんは相撲があるのに毎回必ず、水着を持ってこないのでしょうか?謎です。
「タイでインナー付の水着を探すのは難しいみたいですね」と言いながら稲木さんと一緒に水着を物色していました。次回からはせめてインナーだけでも持って来て下さい。

お土産屋さんの外では案の定、写真屋さんができあがった写真を個々にセットして待ち構えていました。お土産屋さんの物価からしても、かなりの大金を要するその写真。でも猿岩石との3ショットも含まれているので、やっぱり捨てられずに買ってしまう。写真屋さんは猿岩石の二人のこともバシャバシャ撮っていたはずなので、その写真の行方が気になります。

2件目のお土産屋さんの前で、(恒例の)エステに行く私たちグループは、バスでホテルに帰る有吉さんはじめ、さるとものみなさんとお別れです。
いったんバスに戻り、自分の荷物を持ってバスから降りる時、最前列に座っている有吉さんに「エステに行ってきます」とごあいさつする私。「はい、お願いします」と答える有吉さん。きっとこの時、有吉さんの中では悪魔が微笑んでいたことでしょう。

時間は午後2時半過ぎ。私たちエステ組は一足はやく、本日のオフィシャルな行程はここまで。あとはプライベートタイムになりますので、興味のある方は日記の方を読んで下さいね(^^)/~~~

 



猿岩石とヒッチハイクの足跡を訪ねる旅〜バンコク・プーケット編【第3日目】2002年3月9日(土)



●ビーチで恒例、有乃海親方と女相撲



3日目です。
今日はビーチで恒例の有乃海親方とのプーケット場所が行われる日です。
11時からの取り組みに備えて遅めの起床。
遅くなり過ぎて朝食のバイキングが片づけられないよう朝食へ。
同じように遅めの朝食を摂るさるともさんがたくさんいた。
今日は昼食がつかないので、あえて遅い朝食バイキングで2食分まかなおうとしているツワモノもいた。
元気な森脇さんは早々と朝食を済ませ、プールサイドにお出かけらしい。
今日はピーカンに晴れていてビーチ日和。気持ちよさそうなのでテラスで朝食。
一度お皿をテーブルに置いて、飲み物を取りに席を外しているすきに、なんと鳥にチャーハンを食われていたっ!
鳥は好きだが、このような行為は許さん!

部屋に戻って、丹念に日焼け止めを塗りたくり、いざロビーへ。
きゃあ、若い子の水着がまぶしいわ。
ビーチに降りると、風強すぎっ!砂が舞う舞う。
今回は稲木氏より、親方の体力を気遣ってのトーナメント制が提案された。
まずは行司森脇氏との尻相撲で一戦を交えて、勝った者が親方と取り組めるというもの。
しかし参加希望者が予想外に少なかった為、この人数なら全員と取り組めるということに。
でもせっかく森脇氏と一戦のチャンスなので、挑戦者本人が有乃海親方との相撲か、森脇氏との尻相撲かを選べる事になりました!
森脇氏の初参戦は嬉しい限り。
森脇さんの尻相撲、これがまた意外に強いっ!相手がお尻を突き出した時にさっと引いてしまう不戦勝はちょちズルイと思うけど、
ずんっとお尻を突き出して相手を突き飛ばすケツ圧はなかなかのもの。しかも、お尻突き出しポーズがめちゃめちゃカワイイ。

親方も相変わらずの強さ。砂に埋もれる力士・海に沈められる力士続出。
か弱い女力士と言えども容赦しない親方、海に沈められた上に足で踏みつけられる気の毒な力士も。
しかも親方、今回欠席の前セブ場所の優勝横綱のかわりに、そのお友達を勝手に「大関」と決め付けて、「おまえには負けないからな」と妙な闘争心むき出し。
中盤あたりに私も土俵へ。今回で3回目となる親方との対戦です。
1回目は奇声を発せられて威嚇されたけど、今回は鋭い目つきでおかしな構え。
親方はおかしな構えでこちらを睨み付けながら土俵内をぐるぐる。土俵の外から行司森脇氏と稲木氏の「プロレスだ、プロレスだ!」の声。レスラー扱いされた事に乙女心がチクリ!(笑)
やっとガッツリ取り組みの体制。とりあえず、全身で親方を押し出そうと試みる。行司の「腰が入ってますよ」の声。相撲や格闘技の知識があるわけじゃないので、ただ単に重心が重いだけなんですけど(^^ゞ
もちろんビクともしない親方。途中、親方が私のGパンのベルト通しに指をかける。行司「あ、親方が初めて“まわし”に手をかけましたよ!」。またまた“まわしはいてる”扱いされた事に乙女心がチクリ!(笑)
途中、取り組んだ体制のまま親方ともども小休止。呼吸を整える親方。親方やばいっす、酒臭いっす。
親方ずっと受け身の態勢なんですが、でもどう闘っていいかわからない。
前回と同じ流れで親方の片足を取って持ち上げて倒そうと試みる。でも、これやっても親方には効き目なし。片足になってもバランスとってビクともしない親方、それどころかこの行為がキッカケで親方に火が点き、逆にこっちが足を払われて倒される・・・という流れも前回同様。足を払われて倒れ掛けているのに、さらに足首にからまってくる親方の足技。さすがもと柔道王のタイトル保持者。親方、遊んで頂いてありがとうございましたっ!ってカンジです。

でもそんなツワモノ親方をも惑わす力士がいたっ!
投げられたあと天を仰いで身動きせず、その後息も絶え絶えに四つん這いで土俵を降りていく力士。
毎度のことながら一般の外国人ギャラリーをもわかせる力士は、今回ちょび髭をつけて登場!しかし親方に自慢の髭をむしり取られあえなく敗退。
だけど、大関は強かった。最初に行司に向かって突進していくという迷パフォーマンスを見せつつ、親方に完全勝利!

結果、親方:13勝3敗、行司:8勝1敗。やっぱり強いお二人。そんなこんなで楽しい女相撲プーケット場所は終了。2時間ほどお昼休憩。


●森脇師匠によるタンバリン講座

午後、再度ビーチに集合。午後はお楽しみタンバリン講座です。
ビーチは風も強いし日差しもキツイし、タンバリンだったらわざわざビーチでやる必要もないのでは?と思っていたら、案の定ビーチから移動することに・・・って、おや?
ここは公道のバイク置き場ですよ。プライベートビーチやプールガーデンのある立派なホテルに宿泊していながら、何故にホテルの敷地外のバイク置き場で・・・まあいいか。

タンバリン師匠が前に立ち、みんなは生徒のようにお行儀よく、並んで座る。
有吉さんにも先生か生徒かどっちかの位置について欲しかったんだけど、あくまでも傍観者として終始ニコニコ楽しそうに見学。
課題曲は稲木氏の用意したジュディマリの「Over Drive」。出だしのメロディ部分は、ちょっとどうかな?と思ったけどサビ部分は、なかなか軽快なタンバリン演奏にうってつけなカンジです。師匠、即興でも曲のリズムにすぐタンバリンを乗せる事ができるのは、さすが。本当に天性のリズム感のよさなんですねぇ。
まずは、生徒の中から1人が選ばれて前に出て師匠からマンツーマン指導を受ける。
「これって、こんなに真面目にやることか?」ってことを真剣にやってみせる師匠と、他人事だと思って笑っていると師匠から「全員にやってもらうんだからね」と激を飛ばされて居ずまい正す生徒達。
その様子がなんとも可笑しい。前に出る生徒が何人か交替した後に、全員手にタンバリンを持っているつもりでやってみる事に。わぁ、まるで信仰宗教団体だわ。本当にタンバリンを用意してきたら、もっと楽しかったかも。レッスンは念願の「ぐいぐいぐい〜の!」に移行。腰に手を当て振りながら、タンバリンの叩き方は頭・肩・肘・腰・モモ・足と7分割という、一定の規則性でリズムに乗るのって、かなり難しい〜!!ついていけません。しかしそんな中、師匠に「師範代!」と太鼓判を押された生徒は、意外な人物でした(笑)。それにしても師匠、スパルタ。バリでのレコーディングの真剣指導を思い出します。
今回も、前に出てレッスンを受けているさるともさんを写真に収めてあげようとしたら「こら、そこ!カメラを持っていたらタンバリンの練習ができないでしょ!」と叱られ、思わずカメラを置きました(^^ゞ

タンバリン講座が終わり、次は恒例の座談会へ。
その場で森脇班と有吉班に分かれて円陣トークです。
私は、毎度の事ながら有吉班です。
有吉班はこれまた『放送事故(沈黙)ギリギリ座談会』です。
内容はMLの方に流れていますので割愛させて頂きます。
MLを読んだ印象だと、森脇班のほうは森脇さんからみんなに話を振ったりしながら進行しているようですが、有吉班は、有吉さんに聞きたい事を質問してそれに答えてもらう形です。有吉班は次回からサイコロトークとか質問BOXとか、あ、やっぱり缶ビールでしょうか、そういうものを用意した方がいいのでしょうか。・・・といっても全然、座談会に不満があるわけではないんですよ。まったり感もいいもんです。普段ゆっくり向き合える機会なんてないですから。でも、有吉さんはどうしても森脇班が気になるようで、2ショット撮影会の為にみんなが立ち上がっているすきに、森脇班に集まったさるともの人数を数えていました。(これまたよくできた事に毎回ほぼ同数に分かれるんですよね)


昼間のお楽しみは、ここまで。
夜のディナーパーティーまでの自由時間。
私はプールサイドで遅めのランチ(サンドイッチ&マンゴーシャーベット)を食べたり、
フットマッサージを受けたりしてゆったりとした時間を過ごしました。
目を閉じてビーチの波の音を聞きながらのフットマッサージも極楽気分でした。



●ディナーパーティー


夜のディナーパーティー。
レストランではなくバンケットルーム(宴会場)でのお食事&パーティーです。
みんなそれぞれ昨夜のショッピングの戦利品?などを身に纏い集合。
お友達のさるともさんは真っ赤なセクシードレス、私は「どこの部族の祭?」衣装。
前半はお食事タイム。バイキングスタイルではなく中華の時のようにテーブルごとに円卓に乗ったタイ料理をみんなで取り分けて食べるスタイルでした。


後半はゲーム大会。
今回も稲木さんが考えて来たというゲームは、ダジャレ大会。
聞いたところによると稲木さんはこういう(タレントさんのツアーの)時の為に普段からバラエティ番組などをチェックしているそうです。
ヒッチハイクで訪れた都市が書いてある紙をBOXの中からひとつひいて、ダジャレを作る。ダジャレを作っている間にもうひとりはその都市についての思い出話を語ります。
対戦形式で負けた方には洗濯バサミの罰ゲーム。
ダジャレのやりとりはMLでとても詳しく流れていますので、割愛(笑)。
ひとつ、トルコのアンカラの時。
有吉さんが、アンカラをお題としてシンキング中。森脇さんがその間にアンカラについての思い出話で間をつなぐ担当。
「アンカラは何があったっけな〜?」と言っている森脇さんの後ろで、有吉さんは「アンカラは空港があんから・・・」「アンカラは○○(←すみません、忘れました)もあんから」と、実は軽いジャブを飛ばしているのに、誰一人として食いつかないし、ML起こしにも入ってないし(笑)。なんでみんな食いつかないの〜?
沖縄ツアーでのカラオケ対決から始まって、ツアーの対決企画ではいっつも苦渋をなめるハメになる有吉さん。今回の稲木プレゼンツでもあがくあがく、でもそれが何故か楽しそうな有吉さんなのでありました。

次のゲーム大会は『ふたりの気分で変わる○×クイズ』。みんなが○か×かを挙げてから、ふたりが正解を考えるというスタイルがちょっと、わかりにくくもある。
それならやっぱり、という感じで、ふたりは2回戦以降を、《最後まで勝残った人はとても恥ずかしい思いをするサバイバルゲーム》に変更。
二人がぜんヤル気を出したように見えるのは気のせい?

サバイバルゲームの第一声は
有)「男です!という人」ひとり着席。
もはやこのサバイバルゲーム、ゲームというより、残すも落とすも彼らの手にすべて委ねられているカンジです。
次の質問。
森)「こっちに来て買った物を身につけてるひとは、残って」
最前列で見るからに「どこの部族の祭?」的衣装の私は、当然残る。

【ここからは私の勝手な妄想が入ってますので、どうかご理解いただいた上でお読み下さるようお願いします】

残った時にステージ上の有吉さんとちらっと目が合った【気がした】。
その瞬間、私の中で闘いのゴングが鳴り響いた。【落としても残しても絶対許さないからな!】
残った人ひとりひとり、何を買ったのか質問される。財布の人、サンダルの人。
サンダルからドレスまで全部買ったさるともさんに、
有)「ぜ〜んぶ買ったの〜?バッカじゃね」
森)「男も買っちゃった!」
私は、「サンダル以外、ぜんぶ」
有)「サンダル以外全部買ったんすか?じゃあ、買えよっ”サンダルくらい(怒)!!」
【どっちだよ!!】

有)「タイに来て男にナンパされたって人、座って下さい」「・・・・・(なし)」
有)「いるわけねぇか!男買ってんだもんな、ぎゃはははははは」

有)「私タイに来てちょっとお腹壊しちゃったって人、座って下さい」「・・・・・(なし)」
有)「いないか、強いもんな!」

有)「ひゃ〜、おもしろいね!自分で質問して答えを考えてる時が一番楽しいね」
【ぁんだと〜?ごらぁ!】

森)「タイに来て3万以上使っちゃったって人、座って下さい」「・・・・(なし)」
昨日エステに行って、今日はタイで買った衣装に全身を包んでいるさるともさんと私は狙われた感あり。有)「それはいくら?そっちは?」と確認されるも、彼女は4千円、祭の衣装の私は2千円。

結局、立っている人が減らないので、そろそろ座る質問を・・・・ということで有吉さんが考えた質問は
有)「わたしたちぃ〜【私たち?】、わたしぃ〜、けっこぉ〜、歳ぃ〜、いってますっていう自覚のある人・・・」
【ほう凸(`△´+)ナンダッテ!!そう来ましたか、いいよわかったわよ、座りましょ】と思ったら、
有)「自覚のある人は・・・・・残って下さい」
【え、残るの?】
有)「はいっ!ちょうどババア3人が残りました、前へ出てババア、いいんだよ、自覚のある人にはババアって言っても」
森)「長生きしろよ」
有)「長生きしろよ、コノヤロー」
【悲しすぎる/_-)ウウッ】
私の席はステージに近いテーブルだったので、一番最初に前に出て賞品を受け取る事に。賞品は現地商売カメラマンが撮ったふたりの写真。私以外の2人は森脇ファンだったので、
後の2人に森脇ファンが喜びそうな写真を残してあげようと思い、
「(3枚とも)見せてもらってもらっていいですか?」と言うと
有)「図々しいな、ババア!見せてもらってもいいですかだって!」
森)「ちょっ着てみていいですか?食べてもいいですか?(・・・とか店でも言うんだろう)、昨日もカシューナッツ工場でもたらふく食ってましたからね。水もガンガンガンガン飲んでましたからね、出しちゃ飲んで出しちゃ飲んで」
【昨日、森脇さんのアドバイスを無視して全種類試食した報いが、ここに・・・】

賞品は、昨日フィルム切れで撮る事ができなかった、象に乗る猿岩石のツーショット(有吉さんのサイン入り)。念願の象に乗る猿岩石の写真をGETできて喜ぶべきか、ブロコンハートin Phuket night

ゲームの時間はここまで。
最後のステージは恒例の歌。
二人でうたう「dear」・ツアーではお馴染み「海外の時だけの歌」・みんなで楽しく歌う「君の青空」の3曲です。

2人だけで歌う「dear」では、森脇さんが横山さんのパートまでしっかりカバー!が、そのぶん自分のソロパートでつっかえてしまい、NG!
「歌詞カードが間違えている、ここがいきなりこうなってるんですよ、ほら」と言って声をひそめてこしょこしょと有吉さんに説明する森脇さんですが、有吉さんはどこが違うのか理解できないご様子。
気を取り直して、もう一回・・・・のはずが、有吉さんが歌の出だしを、みんながひっくり返っちゃうような音程を取ってNG!
3度目にして2人で歌うdear成功・・・ということで。
「海外の時だけの歌」は、森脇さんしみじみ「これいい歌だね」と自画自賛。あ、でももちろん歌詞といいメロディといい、素敵な歌です。歌詞も猿岩石とさるともの気持ちが投影されていて。
「君の青空」やっぱりイベントの最後は、この歌で〆ないと!

いつもは最後の夜・・・ですが、今回は明日バンコクというお楽しみも残っているのでちょっと違います。そのせいもあって、(ホントはいじめられたせい)お見送りの握手では、有吉さんの前で言葉もない私でした。


明日は朝早くロビー集合。荷造りも今夜中に済ませておかないと、と思いつつも解散したあとは、いつものメンバーとまた外に飲みに行ったのでした。

 


猿岩石とヒッチハイクの足跡を訪ねる旅〜バンコク・プーケット編【第4日目】2002年3月10日(日)



●バンコクへ


今日はバンコクへの移動日。
朝7時半のホテル出発前に、チェックアウトを済まさねばならず忙しい。
でも朝食はしっかり摂らねば(ツアーに料金込みだから)
今朝も気持ちのいいお天気なので、テラス席へ。森脇さんもTさんたちと一緒にテラス席でお食事。
少し遅れて有吉さんもテラス席に登場。だけど、一番端っこのテーブルに、(大衆に背を向け、フェンス?側を向いて)1人で座ってお食事。
いかにも有吉さんらしい、ひねくれたその後ろ姿をみて、ちょっと笑ってしまった。(失礼)



●バンコク到着後、まずは市内のレストランで飲茶の昼食


飛行機に乗ってバンコク到着は昼。

バンコクでは「ルミ子さん」という名の日本人女性のガイドさんが迎えてくれました。
「ルミ子さん」によると、ふたりの姿が電波少年で放送された後は、バンコクの街にバックパッカーが急増したとの事。
私たちの時代(いつの時代だ?)でもバックパッカーという旅のスタイルは珍しい事ではなかったけれど、
電波少年放送時に10代だった若者には、すごく新鮮な旅のスタイルとして目に映って「猿岩石」がその代名詞となっているのは事実なんだろうな。
今でも、バックパッカーを目指す若者のネット上でのバンコクの情報交換では必ずといっていいほど「猿岩石がバイトしていた店」として、とん清が登場してますものね。

バスの中での森脇さんのバンコク考はかなり正解(ML参照)
有吉さんは「生水飲んで、屋台でガンガン食べて!」と推奨していましたが、たしかに屋台はおいしいかもしれないけど、普通はツアーでそんなこと推奨しちゃダメですよ。

市内に入ってまずはいきなり昼食。ホテル(宿泊ホテルとは別)の中華レストランで飲茶の昼食。
ふたりはそれぞれのテーブルの近くまで来て、ここでも乾杯のご発声をしてくれました。
さすがにバンコクのホテルは日本人観光客が多く、同じフロアで食事をしていた日本人女の子グループがびっくりしていました。
ここでの飲茶は一通りコースが終わった後、希望のおかずをお代わりできるそうで有吉さんはチャーハンをお代わりしていました。


●バンコク市内観光〜エメラルド寺院


そしてバンコク最大にして今回唯一の観光スポット、エメラルド寺院へ。
「ルミ子さん」曰く、「エメラルド寺院では“スター☆ミ”と一緒に写真を撮ります」
エメラルド寺院の回りは、車道が広く歩道は狭く、バスをおりて門まで歩く各国の観光客とそれを目当ての土産売りでごちゃごちゃしています。
寺院に入るには、服装が厳しくチェックされます。タンクトップやショートパンツ・サンダル履きはもちろんNGですが、キュロットとか足首の見えるようなパンツ丈も駄目だそうです。
着替えのない人には寺院の前で(肌を覆う服の代わりのもの)を貸し出しもしてくれるそうです。借りる人も何人かいたので、寺院の正門脇で全員集合するのを待つ間、ふたりは喫煙タイム。
草むらにしゃがみこんで一服、の二人のそばにはタイの若い男性も同じように座り込んで一服している。
二人のその姿をカメラに収めるさるとも軍団。いきなりカメラ軍団にまわりをかこまれてしまったタイの男性は目をシロクロ。
エメラルド寺院は、ひとつひとつゆっくり見学するとかなり見応えがあるのですが、ぐるりと建物の回りを一周して出口に戻っただけ、といったカンジです。
エメラルド仏像の奉られている本堂に上がって靴を脱いで参拝すると、敬虔あらたかな気持ちになれるんですけど。今日のところはそんな余裕なし。
同じ敷地内に立つチャクリー宮殿。こちらはラーマ5世がヨーロッパ留学から戻って西洋かぶれだった為、白いルネッサンス様式の洋館を建てたんですが、
タイ王朝の宮殿がそれではちょっといかがなものか・・・ということで屋根だけ取ってつけたようにパコタ(金色に輝く尖塔)を乗せたタイ式になってるんです。
この建物の前で“スター☆ミ”を中心に全員で記念撮影。



●路上のしつこい土産売りは猿岩石に任せる

エメラルド寺院を出ると、待ってましたとばかりに彼らに群がる土産物売り。
その様子をカメラに収めようとするさるとも軍団。カメラ軍団に囲まれて目をシロクロする物売り。
ここでは、買うと見せかけてギリギリまで値段交渉をしておいて「バスが出るから」と言ってさっとその場を離れる森脇さんのパフォーマンス勝ち。

物売りが相変わらず多い。インドに来た当初は怒鳴っていたのだが、最近は余裕がある。こっちから物売りを呼び、長時間交渉し、値段を下げ、買うと思わせておいて断る、というひまつぶしをずっとやっている。公園内でかなり評判になってきており、子供の物売りなどは走って通り過ぎる。さみしいかぎりだ。
−猿岩石日記より抜粋−《85日目インド・デリー》By有吉


このあと、猿岩石とはお別れして、さるともはバスでお土産屋を2軒。
猿岩石の二人は、近くにあるワットポー(お寺)のマッサージ院で○玉マッサージを受けたあと一足先に“とん清”へ向かう予定。
私は、タイ(プーケット)に来てから、ことあるごとに有吉さんに○玉マッサージは受けないんですか>と聞いていました(変態)
テレビ番組でよくいろいろな男性タレントさんが、タイに来ると必ずといっていいほど○玉マッサージを受けさせられているのをみて、ぜひ有吉さんのリアクションも見てみたいと思ってたので。
まあリアクションを見るのは無理ですが、感想を聞きたいな、と。
有吉さん自身もマッサージには興味があるようでしたが、技術者の数が少なくてバンコクのワットポーでないと受けられないとのことでした。
で、ついにその時が・・・と思ったのですが、結局時間が足りずに受けられなかったそうです。
いつか、何かのテレビ番組でリアクションが見られるチャンスを待ちます。

「ルミ子さん」に連れられた私たちがまず向かったのは、宝石屋さん。
「ルミ子さん」のオススメは「森脇さんがつけているのと同じデザインのクロムハーツのニセモノ有ります。」
さるともさんが店の中で唯一群がっているのは偽クロムハーツのショーケースだけでしたが、残念ながら森脇さんのペンダントと同じデザインはないようでした。
次に連れて行かれたのは、免税ショップ。免税ショップはワールドトレードセンターの9階にあるのですが、上に昇るエレベーターの中で、
「ちょっと触らせてね、気持ちいい〜」と言って、私の腕をずっと摩りつづけている「ルミ子さん」はかなり恐かったです。


●旅の途中、猿岩石がバイトでお世話になった“とん清”へ


夕方6時近くになって、バスで二人が待つ“とん清”に向かいました。
当初の予定では、車窓より“とん清”を見学の予定でしたが、お店の前で3ショットの記念写真が撮れると言う事で感激。
“とん清”は賑やかな通りから一本入ってすぐのところにありました。店構えは日本にあっても全然違和感のないカンジです。
時間的に暗くなってきており、フラッシュの光でお店の中にいるお客さんに迷惑がかかってしまっているので、カメラは3ショット撮影の順番時のみOK、終わった人からバスに戻る、というお約束になりました。
お店に迷惑がかかってしまっては猿岩石の二人に悲しい思いをさせてしまうので、せめてルールを守る事でしか気持ちに報いる事はできないと思い、すみやかにバスに戻りました。

バスで待っていると、猿岩石&スタッフもバスに戻り合流して、夕食の場所であるタイスキで有名な「コカレストラン」に向かいました。
タイスキは、野菜やお肉そして特に魚のすり身がふんだんに入った、ようするに鍋なんですけど、一節には日本人ビジネスマンがこの鍋を伝えた時にスキヤキと伝わってしまったらしいです。
ここで、急遽行なわれる事になった2次会のお知らせ。なんと会場は“とん清の2階”ということで、再び感激。
ここでの食事はさっさと済ませて、ホテルにいったんチェックイン後に“とん清”へ。

あきらめていた“とん清”の店内に入れる事ができて嬉しかったです。
1階は一般のお客さんがいらっしゃるので迷惑にならないように、通り過ぎただけであまり店内の様子は見ませんでした。
2階のお座敷は、日本の居酒屋さんにもよくあるタイプで全然違和感なかったです。
従業員さんで当時の方はもういらっしゃらなかったのですが、制服姿のせいか女の子の雰囲気や、はにかんだ様な微笑みとか、当時の人達と同じでした。
お手洗いをお借りした時に、普通のお手洗いなんですけど、なんかとても落ち着けて、
「あの過酷な旅の途中でこれだけの環境がそろったら“ここを離れたくない”“ずっとここで働いてもいい”と日記に書く気持ちはわかるなぁ」と思いました。


“とん清”での2次会お開き後は、またいつものメンバーで本当に最後の飲み会を行いました。
“とん清”の近くはナイトバザールも出ていて、夜遅くまで賑やかなところです。
二人も当時はナイトバザールをのぞいたりした事があったのかな?
オープンエアのカフェバーでみんなで今回の旅の感激に酔いつつ、思い出を語りつつ、楽しい夜を過ごしました。
ちなみに今回の旅行、ひとりずつ点数を発表したんですが、全員が100点以上の点数でした。
それにしても店は午前2時までって遅くまでやり過ぎ。
本当に(観光レストランではなく)本場のソムタムは口の中に炎が広がり噛み砕けないほど辛かった(/_;)

 

 


猿岩石とヒッチハイクの足跡を訪ねる旅〜バンコク・プーケット編【第5日目】2002年3月11日(月

5日目。いよいよ最終日、帰るだけ。
でも成田までずっと一緒なので寂しくありません。

朝食後、チェックアウトをする為に並んでいて、となりのカウンターが空いたのでキーを出そうと思ったら、あとから来た人にすっと入られた。
・・・森脇さんだった。

バンコクの空港で、今回の旅の記念、メッセージ入りMDをひとりひとりに手渡してくれた。
MDケースにはAJAさんがひとりひとりの名前入りのラベルを作って貼ってくれていた。
名前を呼ぶ時に、有吉さんは一部を芸能人などの名前にすりかえて呼んだ。
おかげで自分が呼ばれている事に気づかない人もいて、稲木さんがいちいち呼び直していて大変そうでした(^^ゞ


森脇さんが最後の挨拶で、今回の旅行は100点満点に近いって言ってたけど、昨日も書いたように私たちの採点では満点以上でした!
毎回いろいろな楽しい思い出がたくさんできます。
もちろん今回も、象・相撲・タンバリン・一緒にバスに乗ったり食事をしたりという日常的な行動・
パーティー・などなどすべてがスペシャルな思い出ですが、
何と言っても“とん清”での2次会は、本当に二人に心からお礼が言いたいです。
ありがとうございました、嬉しかったです!

*INDEX*


アジアみたもん記